壁一枚の向こう側、貴方は殺人鬼に魅入られる――。
「夏目アラタの結婚」は現代の日本を舞台にしたヒューマンドラマ・サスペンス・ミステリー漫画。
結婚なんてさらさらゴメンだと思っている児童相談所勤務の夏目アラタは、ある日、担当児童・卓斗から「父を殺した犯人に代わりに会って欲しい」という依頼を受けます。
聞けば卓斗は未だ見つからぬ亡き父の首の在処を知るため、無断でアラタの名前を使って犯人と文通を始めた結果、会うことになってしまったとのこと。
アラタは卓斗を想い、投獄中の犯人との面会を決意。
しかし、その犯人とは世間を震撼させた連続殺人鬼「品川ピエロ」こと品川真珠。意外にも華奢で可憐な容姿で、薄幸な印象も受ける彼女ですが、口元にはボロボロの歯が覗き、不気味です。
抜群に頭の切れる真珠は、面会に訪れたアラタが手紙の主でないことを即座に疑い、拒絶するような態度を取ります。
もう会ってくれなくなる、事件の全貌を明かせなくなってしまう――とっさに彼女の気を引くため、アラタはまさかのプロポーズ。
そしてまさかの承諾。アラタは心を開き始めた様子の真珠への愛が偽りだと悟られぬようにしながら事件の情報を引き出そうとします。一方、真珠にも思惑がありそうで…?
殺人鬼との婚約を皮切りに、探り合い・演じ合いの頭脳戦が開幕!
…あらすじはこんな感じでしょうかね。
この作品のストーリーは品川真珠の心や過去を解き明かすことで事件の詳細が見えてくるという構造になっているのですが、彼女は非常にミステリアスなのです。
事件の動機は不明で、過去についても不可解な点があり、何やらトラウマも抱えている様子。そして、所謂サイコパス。エキセントリックな言動で真意が掴めず、価値観も普通ではありません。しかも演技力も高くますます何を考えているのかわからない。
アラタのプロポーズを受けるとヤンデレのように執着しだしたり、顔芸が凄かったり、そもそも人を殺していないと主張するなど、もうめちゃくちゃです。とても手に負えません。
しかし、元は悪だが人情に厚い漢アラタが面会を繰り返す中でヒントを得ていきます。そして衝撃の真実に辿り着く――という流れ。凄いのはその完成度ですね。伏線が張り巡らされていて、真珠について解る度に、「その要素がそう繋がってくるのか…」と驚かされます。作画もそうなのですが、クオリティのとても高い作品だと感じます。
そしてもう一つ面白いのが真珠の魅力ですね。サイコパスというのは異常者、裏を返せば正常でない人、つまり普通じゃない人のことを言いますが、それは即ち個性の塊ということです。創作の登場人物としてはそれで正解なのです。
また、「何を考えているのかわからない」というのは「底が見えない」と言い換えることが出来ると思います。「憧れは理解から最も遠い感情だよ」というのは藍染惣右介氏の言ですが、確かに完全に理解したものは興味の対象から外れるな、というのが筆者の解釈です。
これに則るのであれば、品川真珠は魅力的です。実際、予測不可能なのは読んでいて楽しい要素ではないでしょうか。
加えて、真珠は悲惨な幼少期を送っています。さらにアラタに心を開いている様子も合わさると不思議なことに歯がボロボロの殺人鬼が可愛く見えてくるのです。凶悪犯も取り調べを重ねるうち情が湧くと言ったり、ファンがいたり、ストックホルム症候群(誘拐犯に被害者が好意を持つ心理現象)なんて言葉があったりするものですが、アラタも徐々に真珠に惹かれていきます。そして読者もアラタの追体験をするように、気付けば殺人鬼に魅入られているのです。
この体験が非常に面白くて独特だと思い、紹介させていただきました。作者の方が狙った仕掛けなのではないかと訝しんでいるのですが深読みでしょうか…。人によってはラブストーリーとして楽しむことが出来るかもしれません。
読んでいて驚かされますし、とても次のページが気になるクオリティの高い作品です。おすすめ。
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